ピカソが創作の転機を迎えた山村に残る、小さな記憶の博物館
ピレネー山中の小さな村ゴソル(Gósol)は、1906年にパブロ・ピカソが滞在した地として知られているだけでなく、当時24歳だったピカソがこの地で過ごした数日間が、彼の画風を大きく変える転機となったといわれている場所です。
この村への訪問のきっかけは、同行していた恋人フェルナンド・オリヴィエ(Fernande Olivier)の兄の推薦だったといいます。バルセロナから列車で移動した後、さらに約30kmの山道を馬車などで越え、ようやく辿り着いた山間の静かな村は、都市の喧噪を離れ、日常に向き合う時間を求めていた彼にとって、まさに創作のための特別な場所になったのです。
そんなピカソがゴソルで過ごした日々を主軸に構成したミュージアムが、ゴソル・ピカソセンター(Centre Picasso de Gósol)です。2023年7月に常設展としてリニューアルされた館内には、絵画やスケッチ、手紙、写真、映像などが展示されており、若き日のピカソが見た村の空気を感じ取ることができます。展示の中には、滞在中に描かれたパートナーのフェルナンド・オリヴィエをモデルにした作品を含む17枚のスケッチをはじめ、日曜のダンスや村人たちの生活風景を題材にした作品も含まれています。それらは、山村の人々との交流を通じて得たピカソの新たな視点を象徴しています。


この頃のピカソは人体への関心を深め、古代ギリシャやエジプトの造形、さらにはロマネスク的な表現を取り入れていった時期と言われています。色彩を抑え、形を削ぎ落とす方向へと進化したそのスタイルは、後の「ピンク時代」や「キュビスム」へとつながる重要な転換点と位置づけられています。そしてゴソルで生まれた数多くのスケッチや下絵は、パリへ戻ったのちの完成作へと発展していくことになりました。



館内には、フェルナンドとの生活の断片や友人宛の手紙のほか、ポケットノートや買い物リスト、旅程を記したメモなど、天才の生活感を伝える資料も並んでいます。商業的に成功した巨匠のイメージから離れ、等身大の青年ピカソに出会える場所としても訪れる価値があります。
人口約230人ほどの(冬季には100人を下回るという)、この小さな村を歩けば、100年前にここで新しい表現を探し続けた青年ピカソの息遣いが、今もそっと蘇るように感じられるはずです。ゴソル・ピカソセンターは、そんなピカソが未来の表現を模索した「小さな実験室」としての記憶を、静かに現代へと伝えています。
バルセロナやアンドラ方面からゴソルへと車で向かうその道のり自体も、ピレネーの雄大さとピカソの足跡を重ねて感じられるため、カタールーニャならではのロードトリップ体験となるはずです。
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photo:©plusroadtrip
